私が受けているのは「人間学」の講義です。
人間関係や自分の置かれた自分が作ってきた閉鎖的な状況から、未来に希望が見出せずにいました。「どう生きていけば良いのだろう」と悩んでいた時に澄さんと出会い、コーチングを受け始めました。遠方に住んでいるので「Eメールを使った対話」の形をメインにお願いしています。
コーチングを受け始めたきっかけは個人的な悩みごとでしたが、対話を重ねるにつれ、自分と自分を取り巻く環境を素材に「人間とは何か」ということについて、とてもエキサイティングな知恵を学んでいるのだ、と感じています。
「なぜ自分があるものごとについて、嬉しい、悲しい、腹立たしいと感じ、なぜ行動を起こし、また起こさないのか」対話を通じて「いつの間にか形成されてしまった無意識」に対峙します。
驚きと戸惑い、感動をもって「今の自分を形作ってきたもの」と出会い、認め、「これから何ができるか」に向かいます。私にとってそれは、「自分を活き活きとさせ、さらには周りの人にも生命力を与えるための生き方」を目指す過程でした。
自分らしく進んでいく方法を自分の力で見つける手助けをしてくれる。それが私にとっての澄さんのコーチングです。安易に答を教えたり、押し付けたりすることなく、与えてくれるのは身の周りの問題を自分の力で認識して解決していくためのサジェスチョン、ヒント、知恵であり、それはいつも自分には思いもよらない視点からのものです。
ある時、理解が悪く何度も同じ事を聞き返すことについて謝るとこんな答えをくれました。
「できがよかろうが悪かろうがご縁です。」
「繰り返しは生命力の活性化につながります。」
こつこつ実践する努力をしていけばとても辛抱強く接してくれることが、私には大きい安心感になっています。そして結果が思いもよらない形で顕れてくることがとても嬉しいのです。
他の誰のものでもない、私に与えられた環境で考え、実践するのは私しかいません。その結果を対話し、問題点を浮き彫りにし、また考えて実践していく過程で私の中で確実に何かが変わりつつあります。「これからどうなるんだろう・・・」という漠然とした不安が「これからどうなるかな」という期待へ、少しづつ変わっています。その期待はすなわち「自分への期待」でもあると感じています。
子供を相手にする仕事柄、本当の教育は「引き出すこと」だと以前から実践しているつもりでしたが、やはり「ティーチング」になりがちだった自分が「コーチング」の意味を身につけ始めています。そして私の身の回りの大人たち、すなわち両親や祖父にもそれは波及しています。
「教科書は自分の人生」。果実を自分で実らせ、自分で得るための人間学。私が学んでいるのはそのような知恵だと思います。
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